大阪高等裁判所 昭和28年(う)2234号 判決
原判決は昭和二十八年五月二十五日附被告発者西井千代子名義の告発書は、被告人に対する告発書とは認められないから、被告人に対して結局告発がないのに公訴を提起せられた違法があるとして、公訴棄却の言渡をしたのである。故に右告発書が被告人に対する告発としての効力があるか否かが本件の焦点であるから、この点につき案ずるに、右告発書(記録第一七丁以下)は日本専売公社大阪地方局長曾田壮より大阪地方検察庁検事宛のものであつて、被告発者を「本籍大阪市港区市岡浜通一丁目二一番地、現住所大阪市阿倍野区昭和町中五丁目一番地上島方、無職、西井千代子、大正九年三月三日生」と表示し、告発事実は右公訴事実と同一内容、証拠は犯則嫌疑者西井千代子に対する調査顛末書、告発の理由は通告不履行となつてゐる。そこでこの告発のなされた経過を検討してみるに、右調査顛末書(記録第二一丁)、専売監視小林日出男作成の犯則嫌疑者西井千代子に対する犯則事件調査顛末書(記録第三二丁以下)、被告人の検察事務官に対する供述調書(記録第三九丁以下)、西井千代子の検察事務官に対する供述調書(記録第二九丁以下)、被告人の原審公判に於ける供述に依れば、被告人は昭和二十八年一月二十八日公訴事実に該当する犯行現場を発見せられ、専売監視小林日出男に取調べを受けたが、その際被告人の本籍等は「本籍大阪市港区市岡浜通一丁目二十番地、現住所大阪市阿倍野区昭和町中五丁目一番地上島方、無職、大西春、大正四年三月三日生」であつたが、被告人はその前に原判決が有罪と認定した事実につき大西春美名義で取調べを受けたことがあつたので、再度同種の犯罪で捕へられたことの結果を恐れ、殊更本名を秘し、同居人西井千代子の氏名を詐称し、告発書記載の通りに供述したため、取調官は被告人の氏名を西井千代子なりと信じ、爾後被告人に対する通告及び告発をいずれも西井千代子名義でなしたものであり、被告人も西井千代子宛とした通告書が郵送せられた際、これは自己に対するものと思料して自ら受領したけれども、資力がなかつたので通告を履行しなかつたものであること、西井千代子はその当時被告人の止宿先上島方で女中をしてゐたが未だ曾て本件の如き違反行為をしたことのない者であることが認められる。然らば前記告発は、本件犯則行為をなした被告人を対象とし、その刑事上の処分を求むる意図を以てなされたものであつて、実在の西井千代子に対しなされたものでないことは明らかである。
而して告発は書面又は口頭を以てなすべきもので、書面を以てする場合といへども、その方式を限定してゐないのであるから何人の如何なる犯罪なるかを明らかにすれば足りるものであるところ、被告発者は氏名を以て表示せられるのが通例ではあるが必ずしも氏名によることを要せず、要は犯人を特定し得ればよいのである。
本件に於ては前示の如く、本籍(一番地の差異ある外)住居、職業は同一であり、生年月日は年は異なるも月日は同一であつて、その記載自体よりするも、右犯則行為をなした被告人を対象とするもので、該犯則行為に関係のない被告人以外の者を対象とするものでないことも明らかである。
斯くの如く国税犯則取締法の適用又は準用ある場合犯則者が氏名を詐称したため、その氏名を以てなされた告発は、特別の事情のない限り、その詐称氏名に該当する人の実在すると否とに拘らず、その犯則行為をなした者に対する告発として、その者に対し効力を有するものである。
然らば前示の如き事情にある本件告発書は、被告人に対し本件公訴事実に関しなされた告発なりと解し被告人に対しその効力を有するものといわなければならない。然るにその効力を否定して、本件公訴を棄却した原判決は違法であつて、この点に関する論旨は理由がある。故に刑事訴訟法第三百九十七条第一項第三百七十八条第二号第三百九十八条により、原判決中公訴棄却を言渡した部分は、判決を以てこれを破棄し、原裁判所に差し戻しする。